2008年02月01日
新ブログ移転案内。
やっと自宅(実家)でネットができる環境が整いました。
更新のないときも、いつも気にかけてくださった皆様、お待たせいたしました。
沖縄に帰ってきたのを期に、この「ビンボー幸せ生活 de ブラジル」はこの辺で終了し、新たにブログを作ることにしました。
新ブログは「ブラジル的幸せ生活 de 沖縄」です。
これまでとは生活の環境もガラっと変わってしまったので、どのくらいのペースで更新できるか、どんな記事がかけるのかちょっと不安もありますが、特に娘達の成長記録として、そして私のストレス解消のためにも、ブログは続けてみようと思っています。
このブログを始めた頃の私は、1歳の娘の世話をしながらお腹に二人目がいて、体調も精神的にもあまりよくなかったのですが、ブログを通して皆さんにまさに元気を頂きました。「ブログ始めたら機嫌が良くなった」と主人にも喜ばれ?ました。
これからもまた新たなブログで、遠く離れた皆さんとも近くにいる皆さんとも、同じように身近に感じられたら嬉しいな、と思います。
今までありがとうございました。
そしてこれからも、 どうぞよろしくおねがいします。
ぶるーな
2008年01月18日
帰沖報告。
日本時間1月14日(月)、午後1時半。
約1年半ぶりに沖縄に帰ってまいりました。
家族4人無事です。
自宅でまたネットができませんので、とりあえず簡単に報告だけさせてもらいます。
落ち着いたら、帰路の様子を振り返ってお伝えするつもりです。
ということで、もうちょっとこのブログも続けようかと思っていますので、
どうぞお暇つぶしにご覧ください。
手前味噌ですが、先週11日金曜の沖縄タイムス夕刊に、「地球日記」というJICAボランティアの記事で、わたくし登場しております。
連続3回の予定です。内容はブログ記事の二番煎じで申し訳ないのですが、お近くに新聞がある方は目を通していただけるとうれしいです。
沖縄。
やっぱり好きだー。
この島のことが。
まだこの先どうなるか未定で不安もありますが、沖縄にいるということだけで、今はとりあえず幸せ。
ちょうどムーチーの時期に帰ってきたので、毎日のように食べてます。
太るはずー。
とりあえず、帰沖報告でした。。。
2008年01月08日
FELIZ ANO NOVO!!
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくおねがいいたします。
サンパウロ滞在も、残すところあと4日。
年末年始をブラジルの家族と過ごすのは、毎年できるわけじゃないので、今回皆が揃うのは貴重な時間。
というわけで、記念写真を撮ったのだが。
サッカーブラジル代表のユニフォームと。
世界各国代表のユニフォームと。
ブラジルの各チームのユニフォームで。
何度もお色直しをしての記念写真。
もちろんこのアイデアは、ウチの主人。
ユニフォームもすべてウチの主人のもの。
ホント、店が開けそうなくらい持っている。
別れの日が近づくと、やっぱり寂しいけれども、サッカーチームのように皆心をひとつにして、離れていてもお互いをいつでも思いやっていきたい。そして家族みんながそれぞれの場所で元気に暮らしていけますように。。。
よし。日本に帰っても頑張るぞ!!
2007年12月31日
Meu Aniversario!
今居るサンパウロは、ここ数日30度を超す暑さ。
夏バテは避けられない。
実は本日、わたくしの誕生日。
だからというわけじゃないけど、朝からみんなでパステルを食べに行こうということに。
しかし大晦日のせいか、いつも人がいっぱいのフェイラは人もお店もまばらで、パステル屋さんもお休み。。。
近くのパダリヤ(パン屋とバールが一緒になったみたいな店)で、軽い朝食となった。
私が食べたのは、Pao de queijo(ぱおん じ けいじょ)。チーズパン。
これもよくブラジルの店で売られている。
長女が食べてるのは、キビというお肉の揚げ物。
朝食を済ませ、帰り道あまりにも暑いので、みんなでアイスをほおばってひと休み。
おいちー。日本がもうすぐ年を越す時間、ブラジルはまだお昼。
これから帰って自分でケーキを焼いて食べる予定(笑)。
今年もいろいろあった一年でしたが、無事にこの日を迎えられたことに感謝!
みなさん、ありがとうございました。
よいお年をお迎えくださいませ!
FELIZ ANO NOVO!!
2007年12月28日
サンパウロより。
前日の21日にホームのお年寄り達のお誕生会があり、そのときにちょっとお時間を頂いて、皆さんにお別れの挨拶がてら、いつもの三線を聞いてもらった。
ちょっとでも沖縄の歌が皆さんの心に残ってくれれば。。。
この日のために練習した「島んちゅぬ宝」も頑張って弾いた。
2歳の長女も一生懸命手拍子して。
そして帰国する私達のために?会いにきてくれたアレックス選手ファミリーも一緒に記念写真。
サッカー好きの主人にとっては、なによりの餞別。
ありがとう!アレックス選手!
そして、翌日の別れの朝。
ぎりぎりまで部屋の掃除に追われていたため、まったく写真を撮る余裕もなくバタバタと。
朝7時のカフェの時間に、一人一人と握手してお別れの挨拶をしてたら、もう涙がボロボロ。
いつも娘たちを可愛がってくれたTさんは、帰国願望が強く、いつも「15日に日本に帰るよ」というのが口癖。
私達の帰国が近いのを察知したTさんは、ここ数日毎日何度も私達に「一緒に日本に帰るよ」と一方的に言っていた。最初はいつもの癖だからと軽く聞き流せていたのが、実際に引っ越す日が近づくと、なんだか切ない気持ちに。だからわざと、「私達は日本には帰らないで、サンパウロに行くんだよ」などと言って、Tさんの気をそらそうと試みたのだが、引越し当日それはまったく無駄だったと知った。
私達が荷物を車に乗せていると、Tさんも自分の荷物をダンボールにいくつも詰めて、自分で運んできてしまったのだ。
本気で一緒に日本に帰りたがっていたのだ。
必死に自分の部屋からダンボールを運んでいるTさんをみながら、なんともいえない気持ちになった。
Tさんのこのような行動は初めてではなく、日本に行くという人がいるときはいつもそうなので、職員達にしてみれば「また始まった」ということになってしまうのだが、今回ばかりは本当に「Tさんごめんなさい」と心から言いたい気持ちになった。
帰りたくても帰れない。
そんな移民者がどれだけいたんだろう。いや、いまでもそんな人がいっぱいいるのだ・・・。
Tさんを残し、お年寄りや職員の皆さんとお別れをして出発した私達。
ひたすらこんな風景の中、サンパウロへ向かう。
夕方、無事に義母宅到着。
車中、娘たちはぐっすり。
約8時間、運転してくれたヘジナルド。ご苦労さま。
車を貸してくださった、ホームの皆さんにも感謝。
引越しの1日は、涙と汗で疲れたな。。。
2007年12月20日
FELIZ NATAL!!
いよいよあさって土曜日にお引越し。
サンパウロの義母宅に行き
、クリスマスとお正月
をそこで過ごし、1月11日に日本行きの飛行機に乗る予定
。
成田で姉に会ったあとすぐ名古屋の義姉のところに飛び、沖縄到着は1月14日
。
というわけで、しばらくネットができなくなります。
サンパウロから時々近況をお知らせできればと思いますが(できないかもしれないので)、とりあえずクリスマスのご挨拶を
。
FELIZ NATAL(フェリス ナタウ)!!
というのが、ポルトガル語での「メリークリスマス」
。今年2月にブログを始めて、たくさんの方に見ていただきました。
ブログを通してお友達が増えたり、親戚や友人達がもっと身近に感じられて、遠くブラジルにいるのにさびしいどころか毎日楽しくハリのある生活ができました。本当にありがとうございました
。みなさま素敵なクリスマス、お正月をお迎えください
。FELIZ NATAL
!! & ANO NOVO
!!また会う日まで
!!(by 長女・CASSIA ふみえ)おやすみなさい~
(by 二女・ELIS よしえ) 2007年12月20日
CASAMENTO。
。昨日は主人のお友達MeryのCASAMENTOだった。
私ら夫婦は新婦である彼女の立会人ということで、そのカザメントに参加したのだが、場所はなんと「裁判所」
。
。カトリックの国らしく十字架が掲げられたその下で裁判官が結婚の手続きをしてくれる
。
いよいよMery達の番。左の青い服を着たご年配の方が裁判官。明らかに80歳前後に見えるが、人生の大先輩に見守れての結婚式という感じ。誓いの言葉の後、書面に6人全員サインし、
指輪を交換して終了。わずか5分くらいの簡素な儀式。役所に書類1つ出すだけで結婚や離婚が成立する日本とは、かなり手続きの違いがある。一言で言えば、ブラジルは結婚も離婚もそんなに簡単ではない。が、なぜか再婚率が高い。この日ほとんどが再婚と思われる年齢のカザメントだった。人生は楽しく幸せに
!が考え方の基本であるブラジル人らしい傾向である。とにもかくにも幸せな夫婦がこうして誕生し、その立会人としてお手伝いできたのは嬉しいこと。実はMeryは私達にどうしても立会人になってほしいために、私達が
日本に帰る前にカザメントすることに決めたというのだ。それを知って私達も、もう少し早くこの街を経つ予定だったのを、今日の結婚式のために日にちをずらしたのであった。幸せな2人を見届けて、こっちも幸せな気持ちで旅立てそうである
。お二人さん、おめでとう
!お幸せにネ
!! 2007年12月18日
PANETTONE。
店頭にこれが並び始めると、いよいよクリスマスと思わせるのがパネトネ。
もともとはヨーロッパのお菓子らしいが、ブラジルのクリスマスの代表的なお菓子として不動の地位を獲得している
。
安いパネトネもあれば、高級パネトネもある。とにかくパネトネを食べないといけないような気分にさせられるほど、右にも左にもパネトネが街にあふれるこの季節。
つい先ほど、知人が我が家にプレゼント
してくれたのが、やはりパネトネ。
私にとって、今年初めてのパネトネ
。ちょっとクリスマスには早いけど、さっそく味見を・・・。
ドライフルーツの入った、パンとケーキの間みたいな食べ物。初めて食べた時、その個性の強い味に驚いてしまった
。が、すぐに慣れてお気に入り。これを食べなきゃクリスマスは過ごせないでしょ、と思うまでに。ドライフルーツの代わりにチョコの入った「チョコトネ」もある。私は間違いなくチョコトネ派である。いよいよクリスマスまであと1週間
。当日はチョコトネも、食べよう
。FELIZ NATAL!!
2007年12月18日
生後6ヵ月。
。あれから
もう半年経ったんだー。早いなー。微妙だけど、おすわりっぽい姿勢もできるように
。最近は仲良しっていうか、お姉ちゃんの過激な可愛がり方
に、文句も言わず(言えず?)に答える(耐える?)健気な妹ぶりを見せている。そうとうちゅーばーになるはずねー
。がんばれよ~
。2007年12月14日
バイバイバイク。
。家中の物を、捨てるもの捨てないもの、人にあげるもの売るもの、に分別する作業だけでも大変
。その中でも主人が最も気にしていたバイクに、買い手が見つかったので、早々と手放すことになった
。約10ヶ月間、車のない我が家の足として頑張ってくれたバイク。
主人の通学はもちろん、長女の保育園の送り迎え、買い物、私の妊娠中にはポスチンニョ通いなどにも大活躍
。古くてしょっちゅう壊れて修理してたけど、それでもなんとか頑張って仕事をしてくれたバイク君。
二女だけが、まだ乗ったことなかったなー。
(お腹にいたときに乗ったと言えば乗ったか
)さよーなら~
。ご苦労さんでしたー。
次の持ち主のオジサンのところでもがんばれよ~
。 2007年12月13日
アルコール車。
ブラジルの車は、ガソリンじゃなくアルコール
で走っているのが少なくない。
先日の日帰り旅行の際、主人のお友達に車
を借りたのだが、その車はアルコール車であった。
ガソリンよりも安いし、ガソリンとそれほど燃費も変わらないみたい。
ただエンジンかけ始めのときだけ、ちょっと時間がかかるそうだ。
でもそれ以外は、ガソリンと全くかわらない走りとのこと
。残念ながら私は実際に運転したことがないのだけど、アルコール車はガソリン臭くないのがいいなーと、それだけは実感する。
このアルコールはサトウキビからできてるそう
。
ウチの主人に聞いてみたところ、もう2、30年前も前からブラジルではアルコール車が走ってるとのことだが、今や世界から注目されるエコ燃料
。
急激に注目されすぎて、農作物の分野でいろいろ問題も起きているらしいが。。。
それでもやっぱりガソリンよりは、こっちのほうが環境にはいいでしょう。
ガソリン、めちゃくちゃ高くなってるらしいし・・・。
ブラジルでは当たりまえのアルコール車
。
日本でも普及するといいな~。
2007年12月11日
ロンドリーナ沖縄県人会。
。ロンドリーナというのは、私達が今住んでいるブラジルパラナ州マリンガ市から約2時間ほど車でかかる距離にある大きな街。この街には多くの沖縄系日系人が住んでいて、立派な県人会館もあるのだ
。マリンガからわりと近い距離にあるのに、今まであまりご縁がなかったロンドリーナ。今回はNaokoさんに誘われて初めてロンドリーナ沖縄県人会のみなさんにお会いすることができた
。立派な県人会館もあって、ここで忘年会
。余興にはエイサーも
。このエイサー、実は名護の名桜大学の学生さんが教えたとのこと。
名護市とロンドリーナ市は姉妹提携都市で、名桜大学からロンドリーナ大学に毎年留学生が来るのだ。その学生さんたちがこうして沖縄の文化を通して日系人の皆さんと交流しているのは大変すばらしいことだ
。そして私もいつもの出し物で舞台に上がり・・・ 続きを読む
2007年12月09日
5ヶ月検診。
朝8時の予約に間に合わせて行ったけど、天候が悪いせいで
ドクターが大遅刻(こっちも雨の中歩いてきたんですけど・・・
)。約2時間待たされた
。ドクター待ちの間、若い学生さんたちが身長体重測ってくれたのだが。
まだお座りできないウチの子を、お座り姿勢で体重はかろうとしてる・・・。
・・・んー。無理だと思いますけど・・・
。しばらくして、やっと寝かせて測ってくれた。
7100g。順調に増えてる増えてる
。ここのポスチンニョに通うのも、今回で最後となった。
タダで診てくれるブラジルのポスチンニョには、今回の滞在中大変お世話になった。
いろんな思いはしたけれど、出産
もタダでできたのはビンボー人の私たちにはほんとにありがたいことであった。おかげさまで家族4人ともみんな元気に帰国できそう
(まだ何が起こるかわからないけど・・・)。さようなら~
。ありがとう~。ポスチンニョさま~。2007年12月08日
発表会。
。彼女にとっては初めての発表会だし、親にとっても初めての発表会
。さらにはブラジルの保育園では最初で最後の発表会になる。
どんなことをするのか全く知らないまま、我が子の出番を今か今かと待っていたのであった。
最初に年長さんのクラス。
来年から小学校にあがるので
、たぶん卒園式も兼ねてるはず(ブラジルの保育園、入園式とか終了式とかやらないのが普通らしい)。卒園おめでとー
。さてさてウチの子はいつ出てくるのやら・・・
。長女より小さいクラスの子の発表の後、いよいよ出てきたその晴れ姿は・・・
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2007年12月05日
レモンケーキ。
プレゼント用に焼いた二つのケーキ
。
どっちもレモン味
。
実はご近所さんのお誕生日
。
近くのBARで夕食&お祝いパーティー。
パラベンス プラ ボッセ~。 おめでとー
。
左がレモンパウンドケーキ、右はレモンシフォンケーキ
。
ちなみに旗も、折り紙による私作
。
いつもてーげーでケーキを作り、人様におすそ分けする祭は必ず自分で味見をして安全確認
?している私。
しかし今回はお誕生日ケーキとしてホールのままプレゼントすることにしたので
、味見どころか切って中の焼き具合を確認することもできない。うまく行ったかどうか本当に心配で心配で夜も眠れないんじゃと思うほど緊張
(実際は寝てしまいましたけど
)。2つのケーキを焼いたのは、『どっちかが失敗でももう1つがなんとか食べれれば』というスベリ止め受験のような気持ちから
。願わくば2つともおいしいケーキにもちろんしたかったので、いつもより作り方の下調べを熱心に行い
、計量も完璧とまではいかなかったが、普段よりは気をつけたつもり。それでも初めてつくる「レモンの」ケーキだったので、レモンの量が多すぎないかとか、砂糖の量は減らさない方がいいかとか、けっこう考えながら作ったので頭痛が
。普段いかにお気楽に作りすぎてるかを実感
。
お祝いの歌
の後、ケーキを切って、真っ先に味見
。
固すぎるかと心配してたパウンドケーキは一晩寝かせていたお陰か思ったよりいい感じ。久しぶりに焼いたシフォンケーキは、取り出すときにあちこちハゲてしまったのが残念だが、頑張って卵白5コ分を泡立てた甲斐あって(もちろんフォークで
)、ふわふわに仕上がっていたし、レモンの味もなんとかほどよく効いている感じ。これなら人様におあげしても大丈夫かも。と、やっとひと安心
。
レモンケーキは中の色が白っぽくキレイなのが上品な感じ
。
私は好きなケーキだけど、皆さんもおいしいと言ってくださったので(お世辞でもありがたいデス
)、また作りたいケーキのひとつとなった(大量に残ったレモンのアイシングを使い切るためにも
)。
暑い夏の夜
、こうしてみんなで外で飲む炭酸飲料(ビールと言いたいところだが)がなんとおいしいことよ
。
あらためてご近所さん、おめでとー
。
主役なのに、逆にみんなにプレゼントを用意してくれたあなたのお心使いに感激
。
ありがとー!
2007年12月05日
健康料理教室⑤
今回が第5回目で最終回だった。
最後の晩餐?メニューがこちら。
料理名がいまいちよくわからん。。。
試食に並ぶ参加者。これが楽しくて来ているようなものだった私
。今回はスペシャルゲスト?に、マリンガ市の市長さん来園
。若くてフレンドリーな市長さん。みんなのサインや写真撮影に快く応じてくださった。
じゃーん
。修了証書をもらって、市長さんと記念写真
。ウチの二女、熟睡中で頭が落ちてるし
。長女も一緒に撮りたかったけど、お友達とお遊び中でまったく聞く耳持たず。
彼女はこうしてお姉ちゃんお兄ちゃんたちと遊ぶのが楽しみだったみたい
。よく相手してくれたバーバラちゃん、ありがとーねー。
料理を教えてくれた
元気なおばちゃん、
同じ受講生の仲間たち。みなさんが協力してくれたお陰で、2人のチビを連れながらもなんとか5回の講習を受けることができた。
特に一緒に頑張ったご近所さん&Naokoさん、ありがとうねー

さて、これからは復習
。習った料理のレシピ集も今回もらったので、なんとなく頭に入っているうちに解読して自分でも作れるようにしよう。
自分の健康もそうだけど、主人や子供達の健康を守るのも妻であり母である私の責任なのだから、今回習ったことを参考にして体にいいお料理を心がけていかねばならぬ
。よーし、がんばるぞー
!2007年12月03日
はいはい。
そろそろはいはいが始まる気配・・・。
ちょっと前までは腕で上半身をおこすだけだったけど、最近から両膝をつきお尻を持ち上げて、四つんばいができるように
。じょーずねー。とほめると調子に乗る二女
。でもまだまだ訓練中
。バランスが崩れ。。。 意味不明のポーズ
。腕の力が抜け、顔面埋もれる
。 が、復活
。1日3.4回、自主トレに励む二女
。がんばれ~
。2007年12月02日
Bolo de Manga。
。ウチのすぐ裏のMangaの大木から、ドサドサとMangaが落ちてくるので
、毎日それを拾っては食べる日々。この木のピークは過ぎたのでその数は少なくなってきているが、新鮮な甘いMangaが毎日のように食べられてなんとも幸せな日々である
。その他にも余っているからとMangaを大量に頂いたので、Mangoのケーキを作ってみた
。イメージとしては、パウンドケーキのマンゴー味風にしたかったのだが。
欲張ってMangaをたくさん入れすぎたせいか、「生焼きか?」と思うくらいの超しっとりケーキになってしまった・・・
。それでも長女にあげてみると。
食べてる
。
お昼寝から覚めた直後でとぅるばいかーばいじらーだけど。主人にも毒味してもらったら、意外に好評
。こうゆうしっとりケーキの方が好きなのだと(あらそう。知らなかったヮー)。
冷蔵庫で冷やしてみると、フルーツケーキだからか
、焼きたてのよりおいしい気がした(私は)。わたちもたべたいどー
。 2007年12月01日
ビデオ鑑賞。
。ウチの主人が持っていた「ほたるの墓
」のビデオ。主人はこの涙なしでは観られない物語が大好きで、すでに5.6回観たらしい。
ぜひ一度、ホームのお年寄りにもみせたいと思っていて、今回それが実現したというわけである。
4.5人でも集まってくれたら、と思っていたら15人くらいも来てくれたので(うち数名は観てるというより、座ってるだけの方もいらっしゃいましたが
)、主人も喜んでいた。「ほたるの墓
」は戦時中の話なので、特に戦争を体験された方にとっては当時を思い出して涙を流し、ブラジルに生まれ育って直接戦争を体験していない方も、そのストーリーに目を潤ませておられた。朝早くからこんな悲しいお話はどうかなぁと思ったが、長時間にもかかわらず皆さんじっと鑑賞されていたのでこれでよかったようだ。そして誰よりも号泣してたのは・・・
やっぱりウチのパパ
。タオルが絞れるんじゃないかってくらい泣いてマシタ
。特に今回はブラジルのお年寄りと一緒に観たということで、主人の心にもまたひとつ思い出として心に残る「ほたるの墓」になったと思う
。残り少ないここでの生活。こうしてできる限りお年寄りと一緒に過ごす時間を大切にしなくては。。。
2007年11月30日
PASSAPORTE。
。主人と長女は更新、二女は新規で
。今回からちょっとじょーとーになったブラジルのパスポート。
お値段もちょっと値上がりしたけど
。今回ポスポート申請に行ってよかった点は、わざわざ写真を持っていかなくても、申請してるその場でパチリとパソコンのカメラで撮ってくれること
。ま、写真館で撮るよりはいい写真にはならないけど楽は楽。二女なんかこんな顔で

パパの手まで写ってるし。こんなんでいいのかパスポート
。でも0歳児は有効期限1年、もうすぐ3歳の長女は3年で更新。大人は5年毎。
日本のパスポートは幼児は5年間だから、パスポートの写真と実物の顔かすっかり変わってしまうんだよね。それを考えるとこまめに更新するブラジルの方がいいかなー。でもめんどくさいはめんどくさい
。約10日ほどでスムーズに出来あがったパスポートだが、申請するまでがちょっと大変だった。
必ずネットで予約を入れてから窓口に行かねばならないので、主人は3人分の予約を入れるためにかなり長い時間ネットの前で格闘してたのだ
。格闘というのは、なぜか必要事項を入れた後にエラーがでたり、3人同じ日に予約しようとするとなかなか空き時間がなかったりして、何度もやり直しやり直し、やっとの思いで予約を入れていた。また帰国日程が近付いているので一日でも早く申請しなければという焦りもあったのだ
。そういう経緯があったことも関係して、申請しに行ったその当日ちょっとした事件が起きた
。 続きを読む



